「人を呪わば」「安全マッチ」−いずれも古風なユーモアが捨てがたい。「レントン館盗難事件」−非常にシンプルな動物トリック。「医師とその妻と時計」−言ってしまえば単なる取り違えの殺人なのだが、抒情的にまとめている。「ダブリン事件」−受益者を疑え、という原則の逆を突く、これも古典的な作例。
「ズームドルフ事件」−1911年の作品。乱歩の「火縄銃」よりも先か。「ギルバート・マレル卿の絵」−このトリックは物理的(時間的)に成立するだろうか。貨物列車が相当ゆっくり走ったところで、ポイント切り換えにはコンマ1秒の精度が要求されそうだし、また、メカもそれなりの反応速度を要求される。あ、そうか、あらかじめ前後の車両から十分離しておけばいいのか。
「偶然の審判」−非常に良くまとまっている。この手口なら実行可能と思わせる。「密室の行者」−トリックは既知だったが、確かにこれは奇想。「二壜のソース」−煙は目撃されていないとすると、生で食ったのか? 「夜鶯荘」−昔、英語のサブテキストとして読んだ。実に見事な構成である。「堕天使の冒険」−非常に雄大な規模の詐欺を描く。「ボーダー・ライン事件」−密室を構成する当事者が関与するという点で、釈然としない。
「銀の仮面」−これは怖い。「奪われた屋敷」を思い出した。「疑惑」−後にさんざん盗まれたパターン。「いかさま賭博」−軽やかなどんでん返し。「オッタモール氏の手」−犯人はこんなもんだとは思うが、それなりに意外。雰囲気は抜群である。不条理感もある。「信・望・愛」−現代のイソップ童話。「スペードという男」−やはり魅力的なキャラクターである。「殺人者」−結局(まだ)何も起こっていないのだが、会話と描写の迫力は凄い。定番の殺人者スタイルを作った作品であったか。「キ印ぞろいのお茶の会の冒険」−アリスに幼少から親しんでいれば、また感想も変わってくるのだろうが、感心しない。結局『秘密の通路』が出てくるし、犯人のあぶり出しも『ハッタリ』に頼っている。彼が犯人であるという必然性も伏線も無い。
「黄色いなめくじ」−子供の異常心理の犯罪と思わせて、実は子供に罪を被せる親の話。構成良し。「見知らぬ部屋の犯罪」−トリックはさほどでもないが、犯人が『色盲』故に看破されるくだりが印象的。「クリスマスに帰る」「爪」「危険な連中」−いずれも巧妙なショートショート。「ある殺人者の肖像」−犯人の子供よりも、被害者の最期の日々が感銘深い。「十五人の殺人者たち」−まことに爽やかな作品。ブラックジャックとドクターキリコを思い出す。「証拠のかわりに」−ニーロ・ウルフのキャラクターとアーチーとの掛け合い漫才が絶妙。
創元推理文庫Last Updated: Jul 15 1995
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