妖しい伝説に彩られた、山中の秘境の湖水。そこへ探検に出かけた増山博士と、その友人、深見。彼らがそこで遭遇したのは、大洪水以前の太古の怪物、エラスモソーラスであった。
ふたりに捕えられたエラスモソーラスは、驚異的な生命力を発揮した。脳髄を抉り取られても死なないのである。もともと病弱で生きる気力を失っていた深見は、それを見て自殺し、死に際のメッセージで、増山に、自分の脳髄をエラスモソーラスに移植させる。たとえ人間でなくなろうとも、健康な肉体が欲しかったのである。
そして、エラスモソーラスは、深見となった..
増山の言葉に反応し、詩吟をし、「橋弁慶」を謡う。(巨体が唸るのであるから、物凄い音響となる。)
しかしやがて、深見=エラスモソーラスの知能と品性は、目に見えて混濁し、下落してゆく。そして破局が..
恐竜の肉体に人間の知性が宿る過程と、それが失われて行く過程が、深い感銘を残す異色作。特に、神秘的な湖で恐竜が「謡曲」を唸る、というイメージが物凄いが、実は三度目に読み返してようやく気がついたのだが、これは翻訳作品なのであるから、「謡曲」のわけがないのである。佐川春水による翻訳(翻案)は1907年(明治40年)であるから、登場人物から道具立てに至るまで日本化したのは当然であるが、しかし原作では、何を歌っていたのだろう? 民謡か、リートか、それともアリアか? 人間=恐竜の、悲哀と巨大さと神秘性を彩る“歌”としては、しかしいかなる西洋音楽も、詩吟や謡曲には、遥かに及ぶまい。(「近代日本奇想小説史 明治篇」(横田順彌)によると、原文では「ギリシャのアナクレオンの詩」だとのことである。)
『恐竜文学大全』河出文庫Last Updated: May 24 2012
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