これまで取り上げてきた作品の中では、もっとも「無調」風の響きが目立つ。序盤から次第に音量と楽器数を増しつつ強烈に吹き上げられる、吹奏楽のクラスター的な不協和音は、“現代音楽”を聴き慣れていない人にとっては、試練かも知れない。
物凄い迫力である!
作曲者によれば、これはアジアの伝統的な宗教楽、礼楽に対する讃歌であり、「能管のヒシギの音を生んだ、神道の高くするどい石笛の響き、場を浄める拍板の響き、インドネシアの神聖な楽器であるコングの響き、ラマ教の奏楽の大地を震わせる長大なホルンの響き、そして韓国のバラ舞の律動と旋律、ムーダンの祭祀の響き、等、それらさまざまな響きやリズムから導かれた楽句が、この曲中の随所に聴かれる」。
アジアの密林、アジアの大地、アジアの光、アジアの闇。アジアの神々、アジアの魔、アジアの呪法、アジアの祭礼! この音楽には、西洋音楽の楽器群でアジアの音楽書法を模倣する際にしばしば聴かれる「まがいもの」的な印象が、全く無い。
一例をあげれば、全曲中の白眉は、中間部の「バラ舞」のリズムをオスティナートリズムとする、長大なクレッシェンドなのだが、私はこの「バラ舞」なるものを聴いたことが無い。だから、あるいは、この曲における「バラ舞」の引用は(「バラ舞」を知っている人の耳には)噴飯物なのかも知れない。つまり、「本物」とは全然違う音楽に成り果てているのかも知れない。しかしそんなことは全くどうでも良いのだ、このシーケンスの底知れぬ力感の前には!
1990年に作曲された、現代日本音楽の到達点のひとつ。「春の祭典」の“闇”を越えた、暗黒の傑作である。
Fontec FOCD3133 “光の蜜 … 西村朗の音楽I”Last Updated: Jul 13 1995
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