新・ベルリオーズ入門講座 第12講

補遺:管弦楽作品:葬送と勝利の大交響曲 (1840)・他



“最初の一音から最後の一音に至るまで偉大の一語につきる。…フランスの名を戴く国家が続くかぎりはこの交響楽(「葬送と勝利の大交響曲」)も永久に生き残って、人々の勇気を鼓舞するであろう。”

(ヴァーグナー)


[葬送と勝利の大交響曲] (1840)

 1837年のレクイエムに続いての、政府からの公式委嘱作である。1830年の7月革命の犠牲者たちの追悼式のために、1840年7月28日に初演された。

 ベルリオーズは野外で演奏されるという条件を考慮して、簡素な形式の3楽章構成とし、200人の吹奏楽を起用した。さらに当日の野外での行進/式典では、音楽はまともに聴いてもらえまいと覚悟して、2日前の7月26日に、ヴィヴィエンヌのホールに多数の招待客を招いて、事実上の初演といえる総練習を行った。これは大好評を博した。さらに同ホールで4回再演され、高い評価を得た。のちに、第1楽章にチェロとコントラバスが、第3楽章に弦4部と混声合唱が、任意パートとして追加された。こんにちでは、普通はこの編成で演奏される。

 これは、ベルリオーズの作り出した最も力強い音楽のひとつであり、「レクイエム」「テ・デウム」の系譜に連なる。

 第1楽章<葬送行進曲>は、長大なコーダを持つソナタ形式だが、緩やかな行進曲のテンポを終始維持しながら、表現のダイナミックレンジが非常に広い、壮大な音楽を作り出している。この(緩やかな)行進曲という、ある意味ではもっとも判りやすいテンポと、一聴して判りやすい旋律から、「発表形式(野外での行進)を勘案して、大衆的な判りやすさを狙っている」と見られるかも知れない。そういう側面は確かにある。しかし良く聴いてみると、これは実に複雑な音楽である。その強烈なアクセントと、シンコペーション、主旋律を食ってしまうオブリガード、拍節構造の非対称性。およそ「行進曲」という“手足を縛られた”条件下で、やれる限りのことはやっているのである。

 第2楽章<追悼の辞>は、墓に霊体が降ろされる時の音楽。穏やかに流れる伴奏の上に、トロンボーンが慈しみを込めた旋律を朗々と歌う。

 第3楽章<昇天>は、封石が置かれる時の音楽。栄光と神への賛美の音楽。第2楽章からアタッカで、ファンファーレがフェイドインしてくる。このファンファーレに、ベルリオーズは非常に苦心したという。ABA’の三部形式で、A’に合唱が加えられている。

 第1楽章に聴かれる、息が長く圧倒的なクレッシェンドは、のちの「テ・デウム」の終曲に受け継がれている。「テ・デウム」が軍楽隊編成の楽章を若干含むこと、この交響曲との連関を考えない訳にはいかないことは、既に述べた通りである。

 これほど朗々としたテンポ感覚と、そこに鋭く切り込んでくるオフビートのアクセント、広大な音響空間構想は、「レクイエム」「テ・デウム」に決してひけを取るものではない。ある意味ではもっともベルリオーズ的な音楽、「祭礼音楽作曲家」ベルリオーズの典型的な傑作とも言うべき作品である。是非とも聴いていただきたい。

 この作品は、ベルリオーズ自身の葬礼にも用いられた。



*データ

作曲年代
1840年
初  演
1840年7月28日:パリ
編  成
ピッコロ4、フルート5、オーボエ5、変ホ調クラリネット5、クラリネット26、バスクラリネット2、バスーン8、コントラバスーン、ホルン12、トランペット8、コルネット4、トロンボーン10、バストロンボーン(任意)、オフィクレド6、小太鼓8、ティンパニ1対(任意)、シンバル3、大太鼓、タムタム、チャイナシンバル、チェロ15(任意)、コントラバス10(任意)、ヴァイオリン40(任意)、ビオラ15(任意)、ソプラノ合唱80(任意)、テノール合唱60(任意)、バス合唱60(任意)。
構  成
全3楽章。詳細は略。本文参照のこと。
所要時間
約35分

*推薦CD

* コリン・デイヴィス/ロンドン交響楽団/他
 (日本フォノグラム フィリップス 32CD345〜6)
 「レクイエム」のフィルアップである。また、外盤ではあるが、これは同じくデイヴィスの「幻想」「ハロルド」と合わせて、(Ph 442 290−2)という2枚組(薄型ジャケット)にも収録されている。国内盤の広告も、見た記憶はあるのだが..


[序曲 宗教裁判官] (1827)

 ごく初期の作品であり、未完のオペラ「宗教裁判官」の序曲として作曲された。ベルリオーズは、破棄した作品の素材を使い回す癖があり(その最も極端で目覚ましい例が、前回取り上げた「荘厳ミサ曲」であったが)、このオペラからも、かなり様々な作品が生まれている。最も有名なのは幻想交響曲の第4楽章「断頭台への行進」であろう。

 音楽史上初めて、3本のトロンボーンをユニゾンで鳴らした作品として知られる。この件に代表される様々なアイデア、若書きとは言いがたい完成度、そしてみずみずしい活力が魅力的である。

 主要主題は、幻想交響曲の固定観念の原型である。また、上述したトロンボーンのユニゾンは、のちの「ロメオとジュリエット」の「公爵の仲裁」を想起させるし、生気溢れるコーダのクレッシェンドは、明らかに「イタリアのハロルド」の第1楽章のコーダに受け継がれている。これらの「歴史的」興味を差し引いても、作曲者の生前は、コンサートピースとしても人気が高かった作品の様でもあるし、今では滅多に取り上げられることも無いというのは、惜しい。



[ベンヴェヌート・チェリーニ 序曲] (1838)

 ベルリオーズの序曲中の最高傑作である。

 ベルリオーズの主要な序曲は、いずれも非常に良く似た形式をしている。まず、主要主題による短くて活発な導入部があり、すぐに緩やかなエピソードに移る。速度を速めて主部に移行する。ここは導入部の主題を第一主題とする簡易なソナタ形式(風)であり、エピソード主題が第二主題的に用いられることもある。そして規模の大きいコーダ。

 オペラ「ベンヴェヌート・チェリーニ」については第4講で既に述べた。オペラ本編は作曲者の生涯を暗転させる大失敗となったのと対照的に、序曲だけは大喝采を浴びた。どの旋律がオペラ中のどのアリアの引用である、等は詳述しないが、活力、優美、荘重、の3要素がまさに理想的に融合した、ベルリオーズの全作品中でも、最も「完璧」に近い傑作である。未聴の方は、ぜひ一度聴いて頂きたい。



[序曲 ローマの謝肉祭] (1843)

 知名度から言えば、彼の全序曲中、これが最高であろう。また、それだけのことはある作品である。

 オペラ「ベンヴェヌート・チェリーニ」の改作を目論んで、その第2景への前奏曲として、オペラ中の舞曲(サルタレロ)の旋律、愛の二重唱の旋律を元に作られたが、結局、単独の演奏会用序曲として発表された。まことに輝かしい、炎の様な佳品である。この有名なエピソード主題は、カンタータ「クレオパトラ」に起源を持つ。このカンタータの一部は「レリオ」にも転用されている他、のちの「ロメオとジュリエット」にも通ずる独創的な管弦楽書法が見られる等、初期の注目作である。次回に取り上げる。



[序曲 海賊] (1844)

 先に述べた定型的な形式を、最もすっきりと鮮やかに実装した、珠玉の名作。このタイトルは(「イタリアのハロルド」同様)バイロンの同題の詩からとられたものである。内容に直接の関係はない。活発な弦の走句と、全音階的/分散和音的で明快な金管の組み合わせ。非常に判りやすく、かつ間然するところのない、夏向きの爽やかな作品である。



[ベアトリスとベネディクト 序曲] (1862)

 歌劇「トロイアの人々」で閉じた、ベルリオーズの偉大な作品群の系列に、小さな、愛すべき終章(あるいはアンコール)がある。それが、喜歌劇「ベアトリスとベネディクト」である。これは次回に取り上げる。

 その序曲(に限らず、全曲)は、確かに「晩年様式」(「キリストの幼時」における、作為的なものではなく、真実の)と言ってよい。炎は消えた。かつての、聴衆も己をも焼き尽くしかねなかった、激しく明るく燃え盛った炎は。彼のロマンティシズムは、その病身の奥深くに微な余熱となって残るのみだ。しかしその温もりは、死ぬまで消えなかったのである。清楚で穏やかな活気に満ちた、心地好い作品である。



[カルタゴのトロイア人 前奏曲] (1863)

 「トロイアの人々」が、やむを得ず2部に分けられ、その第2部のみが「カルタゴのトロイア人」として上演された事情は、既に述べた。その第2部の上演に際して前奏曲として作曲されたのが、ベルリオーズのほぼ最後の作品と言ってよい、この前奏曲である。本来ならば存在しなかったはずの音楽であるが、幸か不幸か、もう一曲、ベルリオーズの手になる名曲が残された訳だ。第1部「トロイアの陥落」の音楽を素材としいているが、その悲劇的な響きは、「トロイアの陥落」とも「カルタゴのトロイア人」ともやや異質であるのは興味深い。極度に抑制された緊張感が聴きものである。



[その他の序曲など]

 [序曲 ウェーヴァーリ](1828頃)は、最も初期の作品。実に伸びやかな若書き。[序曲 リア王](1831)も同じく若書きだが、のちの“劇的”作風の萌芽が、はっきりと見られる。[序曲 ロブロイ](1832)は、2年後の「イタリアのハロルド」の主題が、原形どころかほとんどそのまま現われている、という以外の興味は持てない。

 [夢とカプリッチョ](1839)は、ベルリオーズの唯一のヴァイオリン曲で、管弦楽伴奏版とピアノ伴奏版がある。全く異例の作品だが、さほどの個性も価値もないように思う。

 編曲作品も多少はある。最も有名なのはウェーバー原曲の[舞踏への勧誘](1841)であろう。これは「魔弾の射手」がオペラ座で上演される際、「慣例により」バレーのシーンを挿入するために、編曲の依頼がなされたものである。青年時代にこの傑作オペラに若き血をたぎらせた彼は、この様な冒涜をするに忍びなかったのだが、やむを得ず編曲したようだ。この時は、これだけでは量的に足りないので、幻想交響曲の第2楽章、ロメオとジュリエットのキャピュレット家の宴会のシーンも入れよう、という、とんでもない話すらでたのだが、ベルリオーズはさすがに断固拒否したという。



*推薦CD

[序曲集/管弦楽作品集]

* クリュイタンス/フランス国立放送管弦楽団、パリ音楽院管弦楽団/他
 (東芝EMI エンジェル TOCE−8913)
 「ベンヴェヌート」「ベアトリス」「謝肉祭」「海賊」という黄金ラインナップに、「劫罰」からの3曲と「舞踏への勧誘」が収められている。録音は古いが、まさにスタンダードの名に相応しい名盤である。
* ジンマン/ボルティモア交響楽団/他
 (日本フォノグラム フィリップス 32CD80164)
 選曲が面白く、それだけでも評価出来る。「ベンヴェヌート・チェリーニ」序曲、「ロメオとジュリエット」より“愛の場面”、「劫罰」からの3曲、序曲「海賊」、「トロイ人の行進曲」(これは、「トロイアの人々」の挿入曲ではなく、第1幕末尾の行進曲と第5幕第1景末尾の音楽をアレンジした作品である。しかし、ほとんど編曲らしい編曲もせずに、単純にアペンドしているに等しいので、事実上の挿入曲と言っても構うまい)、「トロイアの人々」より“王の狩りと嵐”、「レ・マルセイエーズ」(ルージェ・ド・リールの原曲の編曲)。ベルリオーズの多彩な管弦楽作品のサンプラーとも言うべき、意欲的なメニューであり、演奏もきちんとこなしている。一聴をお薦めする。

[その他]

 [カルタゴのトロイア人 前奏曲]は、デイヴィスの振った「イタリアのハロルド」(フィリップス PHCP−646)に併録されている。この盤には、次回に取り上げる「トリスティア」という合唱曲集もフィルアップされている。


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Last Updated: Dec 28 1995 
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